最近は政治の話しが多くなっていますが、こういうのは時々ありますのでね。
以前は、経済記事ばかりが続いた時期もあります。
MMT、緊縮財政批判などなど。
ちょうどコロナが流行始めた頃ですね。
で、今は「参政党」^^;
やっぱり参政党はすごいですよ。
なんたって、日本の憲政史上初の「直接民主制」ですよ。
しかも、国際金融資本が諸悪の根源だ!こいつらをぶっ潰さない限り、世界に平和は訪れない!と真正面から斬りかかっていますのでね。
こんなのは日本で初めて。
もっとも欧米では、2016年から雨後の竹の子のように、続々出ているんですよね。
しかし、党員が参加する「直接民主制」のスタイルを取ったのは、参政党が初めて。
おそらく、世界中に「お手本」になるますよ。
今、リアルタイムで、ものすごい革命的なことが起きているんですよね。「はー、なんかやっているねー」じゃあ、せっかくの革命の流れに乗れなくなりますよ^^
マジで、今、世界史にも残る画期的なことが起きているんですよね。
と、まあ、今日は政治の話しは控えまして^^;
ここいらでミュージックスタート。
Above the Trees – Ambient Soundscape (OP-1, Norns, NTS-1, Microcosm, Habit)
「State Azure」さんのアンビエント。
アンビエント・ミュージックはいいですね。
空気のような音楽です。
雰囲気を音楽にしたのがアンビエント・ミュージックですね。
非言語領域を音楽にしたともいえます。
精妙な領域ですね。
アンビエント・ミュージックはいいですね。
アンビエント・ミュージックって、「禅」のようなんですよね。
いえいえ、あくまで「イメージ」です。
「禅」とは、「単に示す」と書きますね。
これズバリ「禅」のこと。
で、禅は究極だと思います。
で、禅は生活、暮らしでもあります。
流れに任す。
縁にまかせる。
今日の記事タイは、「禅の暮らし」なんて付けましたが、これはアクセス目的のタイトルです^^;
ちょっと実験してみます。
で、禅は究極です。
しかし禅といっても、限られてきます。
はい。
井上義衍老師系の禅ですね。
これ以外の禅をやってもダメです。
意味がありません。
ちょっと酷い言い方かもしれませんけどね。
やはり本当に悟った老師から禅を教わりませんと、悟りは99%無理です。
何故、無理なのかといえば、どうしてもニュアンス、響きが違うからです。
悟っていない人が言う悟りの方法は、まったくダメです。響きが違います。
表面的な言葉は同じであっても、響きが100%違うんですね。全然お話しになりません。
だから、もし本当に悟りを目指すならば、本当に悟った老師から教えを請う必要があります。
しかし、いきなり本当の禅を始めても、戸惑うケースが非常に多いんですね。
なので、今は、紹介していません。
以前は、紹介していました。
結局、名色分離智(プレゼンス)に開眼していないと、むしろ戸惑ってしまったり、悩みが深くなってしまって、かえって混乱させてしまいます。
それがわかったので、今は紹介していません。
今は、名色分離智(プレゼンス)に開眼した方だけに紹介しています。
名色分離智(プレゼンス)に達していませんと、どうしても「言葉」でつまづきます。
説明している「言葉」でひっかかってしまって、そこでグルグルと悩み始めてしまいます。
が、その「言葉」は所詮「言葉」ということが腑に落ちていませんと、どうしても説明上の言葉でひっかかってしまい、思いの世界をグルグルしてしまうんですね。
だから名色分離智(プレゼンス)が欠かせません。
今では「プレゼンス」を教えるテーチャーもいます。
が、ちょっとどうなのかなあという方も実際にはいらっしゃいます。
プレゼンスに開眼すれば、本当なのか、思い込みなのかは、話しをしているとわかりますからね。
これも響きでわかります。
プレゼンスに開眼することは、非常に大切ですね。
テーラワーダで言うところの名色分離智です。
ここに開眼することで、本当のスピリチュアルが始まりますからね。
そういう観点からも、非常に大事なステップになります。
で、プレゼンスに開眼するためには、禅定は不要です。
禅定はオプションですね。
といいますか、禅定は、感受力が鈍い、弱い人向けの補助輪です。
禅定ができるようになる最大のメリットは、感受力が高まることです。
もっといえば、心をみつめ、心を感じることができるようになることです。
しかし、心を見つめ、観察することができる人は、禅定は要りません。
で、感受力が高まっていますと、瞑想の文脈では、なにかと都合がよいように思います。
また「禅」にシフトしたとき、理解もしやすくなりますし、やりやすくなります。
とまあ、あちゃこちゃと書いていますが、禅を行っていると、シンプルになってきます。
複雑な瞑想体系とか、教理体系とかが、どうでもよくなっていくような^^;
しかし、こうしたものは、説明上、便利なところがあると思います。
なので貴重なんですよね。
しかし、そう思いながらも、どんどんシンプルになっていくような。
で、より実践といいますか、実践という思いも生じないくらい当たり前といいますか、いえいえ、そういう言語化そのものが減っていくような。
って、これって単にボケ始めているちゃう?なんて思うときもありますが、なんていいますか^^;
で、そういうシンプルな暮らしになっていきますと、日本の繁栄のこと、世界の平和に目が行くような。
なので、参政党には非常にシンパシーを憶えるんですよね^^;
って、またその話しかい(笑)って言われそうなんですが、今のままでは日本は100%、中国とアメリカの植民地になってしまいます。
100%乗っ取られます。
日本は消滅します。
岸田首相は、イギリスのシティ(ユダヤ金融の総本山)で、「皆さん、日本を買いたたいてください!」と言っちゃいましたからね。これマジで言ったみたいですね。
これ「投資を呼びかけ」と記事にありますが、真意は「日本の土地、企業、株をジャンジャン買ってください」なんですよね。
つまり、「シティのユダ金の皆さーん、ハイハイ、今、日本は円安で、大バーゲン中ですよー!買った!買った!」
「このワシ(岸田)のお墨付きですよー、もっと日本の資産を買ってくださーい!」
「日本を破壊してくださーい!日本を世界から消し去ってくださーい!」
って言っているようなモンなんですよね。
で、岸田、国会でも協議していないのに、勝手に、ユダ金に言っちゃっていますからね。
このままではいかん。
もう放っておけん。
フツフツと湧いてくるものがありますね。
で、これはこれとして、禅とは「単に示す」。
シンプルになっていきますね。