ロウバイ(蝋梅)の季節と太乙金華宗旨

ロウバイ(蝋梅)の季節です。
蝋梅(ロウバイ)の名の通り、
蝋燭で出来た造花のような出で立ちです。

ロウバイの花はきれいですね。
絵になります。

鮮やかな黄色い花。
抜けるような青空。
冷たい空気。

うーん、これはまさに「プチ雪月花」。
絶景。
絵になります。

元日を過ぎると、
春めく色合いになってきます。
いいですね。

ちなみにロウバイは中国が原産。
確かに、中国っぽい花ですね。

ちなみに2。
写真は、自撮です。
びゅーてほーな花ですね。


 

ところで瞑想。
瞑想は、毎日しています。

が、私の瞑想は、ただ座るだけです。
ええ。
何もしません。
「ただある」。

ただ座って、存在を感じるだけです。
「あるがまま」。

よく言っていますが、
何かに成ろうとしませんし、
何かをしようとしません。
ただある。
存在だけを感じます。
 

ところが、ここのところ
瞑想の質が変わりましてね。
ええ。

大きく変わりました。

もう座るやいなや、
すーっと溶けるような感じになって、
神気が上空から頭頂に流れ込み、
そのまま丹田へと収まります。

そうなると棒のような感じになって、
繭(まゆ)の中に入って
いるかのようにもなって、
やわらかくも固くなり(塊になる)、
とても気持ちよくなります。

その気持ちよさは、
言葉では表現できません^^
もう天然自然の娯楽であるかのよう。

調子のいいときは、
1時間半以上、座っています。
体を動かしたくなくなり、
そのまんまの姿勢で座り続けます。
 

何かになろうとしない。
何もしない。
ただある。

こうすることで、内部から、
よろこび、心地よさ、活力、エネルギー、
創造性、明朗性などなどの
徳があふれてきます。

現代人は、「何かに成ろう」
「何かをしよう」「コントロールしよう」
「操作しよう」という指向性が
強くなりすぎているんですね。
てか、これしか知りません。
偏っています。

「何もしない」ことから
生まれる生命の躍動感、活力。
これを知る必要がありますね。

そうすることで、
「何かをする」というDOと、
「何もしない」というBEの
両方が備わり、
バランスも整うと思います。

けれども、何もしないことで
生命力があふれてくるというのは、
一朝一夕には
できないかもしれません。
それ故に、ハードルが
高いるかもしれません。
 

ちなみに「太乙金華宗旨」という
タオのテキストがあります。

太乙金華宗旨

実は、数日前に、
何気に手にして読み始めています。
昔、買ったままツン読状態だったんですね。

で、これがビンゴ。
まさに必要なときに
必要な情報が現れるの巻きかのよう。

ちなみに「太乙金華宗旨」というのは、
「真我(宇宙意識)とチャクラの秘密」
という意味なんですね。

で、「太乙金華宗旨」には、
瞑想の仕方が説かれています。

その方法とは、なんと、
上丹田か中丹田か下丹田に
意識を向けて、
半眼にして座っているだけ。
「ただある」。
「何もしない」。

これだけです。
これが、「太乙金華宗旨」
にある方法。

まさに「何もしない」。
「あるがまま」。

結局、チャクラもそうなんですが、
「開こう」とか「目指そう」とすると、
うまくゆきにくいんですね。

瞑想、悟り、タオの文脈では、
「なもしない」「あるがまま」
ってことなんですね。

でも、この話し、すごいと思いませんか^^;
実際、すごいんですけどね。

一般的に思われていることと
正反対のことですから。
でも、これが真実なんですよね。

と、独り言。

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