マインドフルネスは危険?
こんな記事がありました。
◎Googleが実践する「マインドフルネス」がいかに創造性を殺したかという記録
http://gigazine.net/news/20151031-mindfulness-killed-my-creativity/
なんとまあ。マインドフルネスのデメリットを挙げているかのような記事です。
ここには大きな勘違いが2つありますね。
一つは、マインドフルネスが、アイディアを生み出す「創造性を育む」ことに直結すると思っていること。創造性が生じるためには、やり方が大切です。
もう一つの勘違いは、マインドフルネスを、マインド(思考・意志)で行っていること。
記事にはリラックスしているとありますが、それはリラックスではありません。マインド(意志)でリラックスしようとしていると思われます。
もし、意識的にリラックスしようとするなら、それは意志を強く使ったマインドフルネスにもなります。これでは残念ながら効果は期待できないどころか、この記事にあるようにデメリットだらけになってしまいます。
マインドフルネスは「あるがまま」に行う必要があります。
この記事は、マインドフルネスのやり方を誤っていると思います。おそらく、リラックスを勘違いし、「マインド(思考、考えながら)」で瞑想をしているやり方でしょう。
マインドフルネスはマインド(意志)で行うものではない
「マインドフルネス」は、「マインド」という言葉が使われていますが、実は適切なネーミングでないどころか、誤解を招きやすい名称だったりします。
というのも、そもそも「マインド(思考、考えながら、頭脳を働かせながら)」で瞑想を続けても、効果は期待できないからです。効果を期待できないどころか、心身に不調を引き起こすなどの問題を引き起こします。
後述しますが、「瞑想病」「禅病」「偏差」といった症状に陥ることがでてきます。これらは自律神経の働きがおかしくなってしまう症状とされています。実際のところは原因が不明なことが多かったりします。
もっとも心身が変容していく浄化プロセスとして偏差現象が起きることがあります。間違ったやり方による偏差なのか、浄化プロセスとしての偏差なのかの違いを見分ける必要はあります。
しかしながら「マインドフルネス」もそうですが、瞑想はまず「リラックス」することから始まります。意識的にリラックスするのではなく、自然体に落ちて、くつろいで、リラックスすることですね。
マインドフルネスはリラックスして行う
ただ困ったことに、最近は「マインドフルネスはリラックスではありません」ということを言い出す人も出てきています。なので混乱に拍車をかけています。
「マインドフルネスはリラックスではありません」というのは間違いです。
「マインドフルネスはリラックスして行う」ものです。
「マインドフルネスはリラックスするもの」になります。
で、そのリラックスも「くつろぐ」といったニュアンスのリラックスですね。
このことは、「マインドフルネス」の元祖であるテーラワーダ仏教の界隈では、当たり前のことになっています。
これが信じられない方や、くわしいことを知りたい方は、バンテ・H・グナラタナ著「マインドフルネス」をお読みになってください。何度も「リラックスしてください」と述べていますから。
まどろむことはリラックスではない
瞑想である以上、リラックスするのは当たり前です。またリラックスすることから、マインドフルネスもそうですが瞑想もできるようになります。
「マインドフルネスはリラックスではありません」というのは、誤解を招きやすい言い方ですね。
もっとも、もしかすると「まどろむ」ことをリラックスと解釈しているのかもしれませんね。そういう「まどろみ」的な「くつろぎ」が目的でない」ということを言いたいのかもしれません。そういうニュアンスならわかります。
けれども誤解を招きますね。同じリラックスでも、マインドフルネスの場合は明晰性のあるリラックスになります。
ここがわかっていませんと、マインドフルネスを行っても効果らしい効果は出てこないと思います。
では、そうかといって「瞑想しよう」とか「リラックスしよう」とするのも間違いですね。「意志」を使い過ぎること自体がよろしくありません。マインドフルネスで「願望を達成しよう」とするのはもっと間違いになります。
瞑想にはリラックスが欠かせない
リラックスしない、リラックスできない姿勢で瞑想に臨むと、悲劇を生み出します。創造性は出てこなくなるどころか、心身の不調とかを引き起こします。
瞑想を始めて、落ち着きが無くなる、イライラする、なんか不調だといった、「おかしくなる」現象に直面します。
これを「瞑想病」「禅病」「偏差」といっています。白隠禅師の瞑想病は有名です。
瞑想は、「する」のではなく「起きる」「ある」ものです。自然体にくつろぐ。リラックスする。ここを押さえて瞑想なり「マインドフルネス」を始めるのが、大切だったりします。
マインドで行うリラックス
もっとも、マインド(意志、思考)ででマインドフルネス行っても、それなりに効果は得られることもあります。
しかし、それはマインドフルネスではありません。「思考のあり方を変える」という、昔からあるメンタルテクニックと、そう変わりが無くなります。
たとえば「考え過ぎ、悩み過ぎ」を改めるために、視点を変えるやり方です。悩みから距離を置かせるテクニックですね。厳密にいえばマインドフルネスではありません。
ハラで行うリラックス
あと、無意識のうちに、ハラで行っている人は、マインドフルネスの恩恵を感じやすくなると思います。
あるいは、もとから安定感があったり、わりと健全な人も、見よう見まねでマインドフルネスを行っても、わりと恩恵を感じやすくなるでしょうか。マインドフルネスがうまくできるのは、「自然に」行っている人ですね。
マインドフルネスがうつ病の引き金になる?
上記のブログ記事の他に、マインドフルネスや瞑想のリスクについて言及しているものもあります。
たとえば、「瞑想が躁病やうつ病の引き金になる可能性がある」という指摘ですね。時々心理学者からも指摘されます。
確かに、瞑想やマインドフルネスのやり方を間違えると、躁病やうつ病へ進展していく場合があります。あるいは離人症ですね。
こうした心身の不調を引き起こす問題現象が起きるのは、瞑想のやり方を、根本的に間違っていることが多くなります。
瞑想やマインドフルネスのやり方を間違えると、原因不明の心身不調に陥ることもあります。先ほどの「瞑想病」「禅病」「偏差」がそうですね。瞑想のやり方を間違えると、こうなってしまうことも出てきます。
で、こうしたことを引き起こすのは、すべて「力み」「緊張」「ガンバリズム」が原因です。リラックスしないで、意志や思考で瞑想を強くやってしまうと、こうなってしまいます。
マインド(意志、思考)といった「アタマ」で瞑想をしてしまうと、まず瞑想はうまくいきませんし、心身の不調を引き起こします。
頭で瞑想をしてしまう人
アタマの働きが強い方は、マインド(アタマ)で瞑想をしがちです。現代人は幼少の頃からアタマを使い続けています。
しかもアタマの働きが優れていると「優秀」というお墨付きが与えられる教育システムにも馴染んでいます。したがって、とかく何でもアタマでやってしまいます。
この調子で瞑想も「アタマ」でやってしまう人も多かったりします。「考える瞑想」ですね。
この姿勢そのものが悲劇の原因だったりします。そうではなく、まずはリラックスすることですね。
まずはリラックスすることを体感
ちなみに「アマタ」の強い人は、リラックスですら、「リラックスしよう、リラックスしよう」と意志を使ったり始めたり、「リラックスとは何なんだ?リラックスは、どうやるんだ?」と考え出したりして、「リラックス」から遠ざかっていくことも少なくなかったりします。
そうではなくシンプルに「くつろぐ」ことですね。しかし、日々アタマを酷使し、緊張の日々にいますと、「くつろぐ」こと自体がわからなくなっている場合もあります。
「リラックス」「くつろぐ」ということは、「温泉に入っている感じ」「お風呂に入っている感じ」に近いですかね。
これは一つの例えですが、リラックスしながらも明晰な状態になるのが瞑想でして、瞑想は、まずこういう感じで行っていきます。
リラックスすることからマインドフルネスもはじまる
マインド(意志、思考、アタマ)で瞑想をしますと、とかく頑張り過ぎてしまいます。目的志向の瞑想になります。
で、心はざわつき、イライラし、「マインドフルネス」どころか緊張状態を引き起こします。緊張型の瞑想になります。これでは何かと問題を引き起こします。
そもそも目的志向になった時点で、瞑想でなくなります。
瞑想は「ただある」こと。今、この瞬間に落ちていくことですね。この状態を「気づき」ともいっています。
マインドフルネスや瞑想は、精妙な心身のメカニズムの世界へと没入する面もあります。こうしたシーンでは、緊張は御法度です。
リラックス。
何事も、リラックスですね。
「マインドフルネス」は、リラックスから始まります。
最近は、新手のやり方や亜種のやり方も出てきていますが、正しいやり方で「マインドフルネス」に取り組む必要がありますね。