自己観察で真我に達する
で、真我に達する方法は、2800年前のウパニシャッドから伝わっているわけですね。自己観察です。
ちなみに自己観察では善い人になろうとかではなく、本心・本音に気づいていくということになります。
結局、真我といわれている意識は誰もが当たり前のように感じています。
が、普段は粗い感受性や洞察のため曇ってしまっていますので、感受力や洞察力を精妙にしていくことで自ずと気づくようになっているということだと思っています。
密教の五相成身観は真我に開眼するプロセス
で、こうした有り様は、密教の金剛界法に伝わる五相成身観の観法にも表れています。
五相成身観は空海が最も重んじた「即身成仏」のキモと言われている観法です。
五相成身観は月輪が曇っている状態から満月輪となって輝くことをイメージしていきます。
が、これは真我に気づくプロセスを象徴的な観法に仕立てていまして、この通りの観法を行ってもあまり効果はないと思います。
せいぜい気分がよくなるくらいだと思います。
意識の背後の存在に気づくやり方
話しがそれましたが、真我に達する方法で近年多く行われているのが、意識の背後にある意識(存在)に気づくやり方ですね。
この方法はエックハルト・トールやレナード・ジェイコブソンらの新進気鋭の覚者?と言われている方々が伝えています。
この意識は「存在そのもの」「I AM」「大いなる存在」とも言われています。
で、この意識の正体は一瞥体験や目覚め体験のときに感じる広がる意識(といっても空間を感じてはいなく説明不可の状態です)ですね。
で、この様を「大いなる存在」などの言葉で誘導して疑似体験させようとしています。
名色分離智から真我に到達
しかし最もおすすめだと思っているのが「気づきの瞑想」や「自己観察」を行って、最初のステップである「名色分離智」にひらけることだと思っています。
ここにひらけると「存在そのもの」「I AM」「大いなる存在」をうっすらと感じるようになるケースが多いと思います。
って、こうした話しはおそらく聞いたことがないと思いますので、私の妄想やら勝手な言説を思われるかもしれませんが、実際に体験している人もいます。
ですので、決して妄想などではなかったりします。テーラワーダでの文脈では、その性格上、語られない、言語化されない内容だったりもします。
とゆーことでして、毎度ながらの長文になりますが、実習における参考になればと思います。ちなみに実習実践が一番大切ですね。