いやー、ブログが約1ケ月止まっていました。
理由はあるんですが、なんといっても、やることが多い。
が、なかなか進まないという状況。
で、こちらのブログには手が回らない状態だったんですね。
いえ、今でもそうかもしれません。
いろいろとネットの仕組みというか、率直にいえばメール配信の仕方で悪戦苦闘。
どうもうまくいかないですね。
で、結局、ふつーにメール配信したほうがよいかと。
そういう結論になりそう。
とにもかくにも、今はメールが「迷惑メール」のみならず「不達」になることがあって、メディアとしてはオールドメディアになりそうな予感。
今はSNS全盛ですね。
特にLINE。
LINEは危険だといいますが、LINEの利用率が最も高いんですね。
あとサロン形式の運営。
スマホを使った運営が、今は主流。
メールを使うこと自体、ややもすると時代遅れになってきているのは驚き。
今も、私はメール派なんですけどね^^;
で、ここいらで音楽をば。
Ambient Liveset (Home Concert 64)
Martin Stürtzerさんのアンビエントですね。
後半が特にいいんですね。
で、この1ケ月くらいの、その他の話題でも。
ま、なんといっても今、ホットなのは「レプリコンワクチン」じゃないんですかね。
で、meiji seikaファルマの社員らによるKチームが「ワクチンは危険だ!」というのをおもいっきり全面に出した「私たちは売りたくない!」という本を出版。
これがもうインパクト大!
そもそもタイトルが、めっちゃ強烈。
サブタイも「“危ないワクチン”販売を命じられた製薬会社現役社員の慟哭」という強烈さ。
マジモンの「私たちは売りたくない!」という痛烈な叫びにも聞こえる、まさに「慟哭」。
タイトルが非常に良く、多くの人の心をキャッチしますので、この本はベストセラーになりますね。
爆発的に売れますよ。
で、ワクチン推奨の流れを大きく変える「歴史的分岐点」となる本になります。
歴史を変えます。
間違いありません。
今やもう、集合無意識的には「mRNAワクチン危険」という流れに入っています。
これはもう、今までワクチンが安全と信じていた人達も、目覚めますな。
続々と「反ワク」の動きが、あちこちから出てきます。
で、レプリコンワクチンといえば「シェディング(伝播)」。
これも話題になっていますね。
が、結論を先にいえば、シェディングは起きません(キッパリ)。
宮澤孝幸さんをはじめ、何人かの真面目な研究者がくわしく説明もしています。
レプリコンワクチンの「シェディング」は勘違いです。というのも、
1.シェディングは生ワクチンでは起き得る。ただし弱毒化したのが稀に感染する。このことは厚労省も認めている。
2.しかしmRNAではシェディングは起きない。体外に出るときはウィルスとなるRNAを含んでいない。つまり「出来損ないのウィルスもどき」。だから感染しない(するはずがない)。個体間で広がること自体が無理。ただし試験管内では起きる(細胞レベルでは起きる)。
ということで、結局、レプリコン型のmRNAでシェディングが起きるというのは、生ワクチンで起きるシェディングと混同してしまった「勘違い」から起きているということなんですね。
体外に「出来損ないのウィルスもどき」が出ることはあると。しかし、感染しないということ。シェディング(伝播して感染すること)は、起き得ないというのが専門家の見解。
ワクチン問題については、またいずれ別の機会に、書けそうなときは書いてみたいと思います。
そうそう、林千勝さんも、アメリカのFDAが発表している生ワクチン資料を引用して「mRNAでもシェディングが起きる」といっています。で、大々的にデモ活動もしています。
これってマズいんですね。
デマを拡散しているとして、ヤラれる可能性があります。
シェディングが起きないことは、科学的な事実ですからね。
林千勝さんは優れた方なんですが、レプリコンワクチンの「シェディング」に関しては間違っています。
言論統制の口実を作る原因になるかもしれませんね。
林千勝さんのネタ元は、おそらく村上康文さんや井上正康さんといった、現場を知らない「名誉教授」の見解でしょう。
ちなみに、日本で「レプリコンワクチンでシェディングが起きる」と言い始めたのは、村上康文名誉教授であるとか。
昨年の冬頃から言い始めて、同じく最新の現場を知らない井上正康さんという「名誉教授」も同調。
で、世間に拡散。
今回のことで「名誉教授」なる者の言説を、いたずらに信じてはいけないことを学んだものです。
大体、「名誉教授」は、現場から離れている肩書きの存在ですからね。かならずしも最新のことを知っているとは限らない。
名誉教授なる人の話しは、コメンテーターの話し程度として、話半分程度に聞いていたほうが無難です。
ちなみに、村上康文名誉教授の説明は、学会で発表すればフルボッコにされるほど多くの間違いを含んでいるといいます。
この話しは、宮澤先生らがこちらで話しをしています。
https://x.com/takavet1/status/1837814028686840029
今では「レプリコンワクチンはシェディングが起きる」という、阿鼻叫喚のガクガクブルブルと震える人を増産して、不安のズンドコ劇場を巻き起こしています。
これは困ったものですね。
宮澤孝幸先生らも頭を抱えています。
くわしいことは、宮澤孝幸先生のXをば。
https://x.com/takavet1
で、自民党の総裁選。
9人の候補者が出て、メディアでは賑わっているようですね。
石破さんか高市さんか、といった二者択一になりそうですね。
自民党はダメポなんですが、高市早苗さんは、9人の候補のうち唯一の緊縮財政をぶっ飛ばす「積極財政派」ですので、望ましいのではないかと。
高市さんが総裁になるといいですね。
たぶん、なるんじゃないかと。
てか、高市さんが総裁にならないと、日本は本当にオワコンになってしまいますね。
ポンコツ&スクラップ自民党なんですが、そのポンコツ政党の中でも高市さんがもっとも「まとも」ということなんですね。
で、純一郎のせがれである「小泉進次郎」は、論外でしょう。
そもそも物事を深く考えることがでいない人ですし、能力的に無理ポです。
オヤジの七光りと、操り人形として使いやすい駒なので、総裁選に出てきただけですね。
そもそも国会議員が務まるな能力も器量がありません。早々に転職して、タレントになったほうがいいと思いますね。
政治といえば、またもや参政党界隈が騒々しいですね。
キャットさんが突然の引退。
引退の理由が、葉の人を含めた3人から攻撃されたとか。
が、葉の人が、そんな意地悪なことをするとは思えず、ネットでザザっと調べたところ、あるログを発見。
そこでは葉の人らとやり取りしていましたが、キャットさんは自分が攻撃されたと勘違いしやすい人っぽいかな。
そんなことがわかりました。
なので、キャットさんを引退に追い込んだ騒動そのものが、疑問。つーか、本当は起きていないんじゃないの?(キャットさんの脳内物語)。
で、やはり顔出しをしない配信者って、微妙かもしれませんね^^;
って、私も顔出ししていませんが、いえいえ時々顔出ししているんですよね。
で、やはり裏表が無いか少ない人がいいですね。
誠実がイチバン。
あと、9月は教会へ行きましてね^^
いえね、近くの教会で薬害とコロナワクチンの講演会があったので行ってきました。
で、これがメッチャよかったんですね。
今まで、コロナに関する講演会を何回か行きましたが、この教会の講演会がベスト。最高。
講師は、堀内有加里さん。
素晴らしい講演会でしたね。
薬害の歴史から、ワクチンが開発されて承認されるまでのことがわかったものです。もう初めて知ることばかり。
この講演会の内容は、もっと多くの人に知って欲しい!と心底思ったものでした。
あまりにもワクチンの開発や治験、承認のことが知られていない。
そのためも陰謀論が登場していることもわかったものでした。
一言でいえば、ワクチンは治験項目が少ないため、そもそも「安全性を充分担保できていない」代物なんですね。
これを聞くと「えーーーー!」と、ビックラこきまろになるかもしれませんが、本当なんですね。
薬剤に比べて、そもそもワクチンのほうがリスキー。ヤバイ。
講演の内容を書くと文字数も多くなりますので、これもまた別の機会のときに書ければ書きたいですね。
それにしても専門的なこともよく理解できて大変な学びになったものでした。
で、講演の内容もさることながら出席されている方も志の高い方ばかり。
医師会の理事、全国有志医師の会所属の医師、コロナワクチンの集団訴訟を担っている青山弁護士、全国有志クリスチャンの会を主催している女性、市内の牧師さんも多く参加。
さらには、この講演会を主催した教会の牧師さんは「全国有志牧師の会」を立ち上げて、コロナワクチンの危険性を訴える警鐘活動を始めています。
で、全員「コロナワクチンに大反対」。
熱い血潮を感じさせる講演会だったものです。
で、コロナワクチンのおかしな流れに反旗を翻すことができる力強さを感じました。
あと、この教会があたたかい空気の教会でしてね。
これがまた感動が2倍。
ボランティアも20名以上いて、若い人が多かったんですね。
その活動の姿勢が美しいなあと思ったものです。
キリスト教はいろいろと問題はありますが、末端のクリスチャンの活動は、また別ですね。
崇高な気持ちで信仰し、「神にふさわしい自分たれ」という思いで奉仕活動をしているのを感じて、うれしくもあり、感動したものです。
私も10代の頃、「神(創造主)を知りたい、神のみもとへ行きたい」と強くねがい、自分なりの修行をしていたものです。
私は当時からクリスチャンではないんですが、そういう思いを抱きながら、慟哭に近い心で激しく求め、必死に取り組んでいたものです。
そんな昔の自分を思い出すといいますか、重なって、深くジーンと来るものがあったものです。
クリスチャンであろうとなかろうと、神(創造主)を求め、御顔(みかお)を知りたいと強く願う心が、その人を神の御許に引き上げるのかもしれません。
クリスチャンといえば、そうそう「テラペウタイ」の話しもありますね。
いろいろとてんこ盛りな話題があるんですが、今日はここまで。
久しぶりのブログでやんす。