ゆるっとラウンジhttps://www.yurubossa.comゆるっとしたお気楽系ブログSun, 02 Mar 2025 13:44:04 +0000jahourly1https://www.yurubossa.com/wp-content/uploads/2019/08/cropped-yuruttologo-32x32.pngゆるっとラウンジhttps://www.yurubossa.com3232 「中今(なかいま)」は「いまここ」ではない~天皇即位の祝いの言葉https://www.yurubossa.com/nakaima/https://www.yurubossa.com/nakaima/#respondTue, 04 Mar 2025 11:22:22 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17320

目次 非表示 神道の中今(なかいま) 中今(なかいま)とは天皇が即位したときのお祝い 文武天皇と聖武天皇が述べた「中今(なかいま)」 文武天皇が即位の宣命で語った「なかいま」 聖武天皇が即位の宣命で語った「なかいま」 中 ... ]]>

神道の中今(なかいま)

神道に「中今(なかいま)」という言葉があります。

で、どうやら悟り系の「いまここ」とほとんど同じ意味であるようですね。

◎「中今」の検索結果 – Yahoo!検索
https://search.yahoo.co.jp/

ふむふむ。

江戸時代の国学者・本居宣長(もとおり-のりなが)の「古事記伝」にあるとか。

なーるほど。

だが、ちょっと待てよ。
なんか、ひっかかる^^;

そもそも、わたくしは、こうした重要と思われる言葉や観念を見聞すると、そそくさと調べたがる習慣があります。

いつ、誰が、どの文献で述べているのか。

そういうのを、つい調べたくなります。

たとえ、専門家が言っていても「本当かねな?」というひっかかりが出てくることもありますからね。

こうした姿勢は、たとえば仏教の専門家がいい加減なことを言っていたことがあって、それに翻弄された経験があるからなんですね。

また戦後、左翼学者がねじ曲がった左翼史観を言い出していたにも関わらず、それを長いこと信じてしまったり。

それで随分と損をしたことがあるからです。

なので、学者・専門家が言ったことであっても、どこかひっかかるときは、また重要なことは必ず自分で文献をひもといて調べるようにしています。

で、この「中今(なかいま)」もそう。

本当かなあ、と。

中今(なかいま)とは天皇が即位したときのお祝い

で、結論からいえば「中今」は、悟り系の「いまここ」ではないんですね。

「古事記伝」がルーツとありましたが、これも違います。

おっと^^;

「中今」とは、天皇が即位し、位を受け継いだ時のお気持ちとお祝いの言葉です。

で、「中今」は、「続日本紀(しょくにほんぎ)」の「宣明(せんみょう)」に初めて登場する言葉なんですね。

【参考文献】
◎神道辞典(編:国学院大学日本文化研究所)
https://www.amazon.co.jp/dp/433516033X

◎続日本紀宣命(倉野憲司)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4003003810

ちなみに、「続日本紀」とは、「日本書紀」に続く日本の歴史書なんですね。

平安時代に、菅野真道(すがの-のまみち)が編纂したものです。

奈良時代の文武天皇から、平安時代の桓武天皇までの約100年間の歴史を綴っています。

で、「中今」とは、「続日本紀」の「宣命(せんみょう)」で初めて使われた言葉で、なおかつ天皇が即位したときに、高天原から続く先祖代々の皇祖への敬意と、自分が今、皇位を継承したことへのお祝いの言葉なわけですね。

ちなみに、宣命とは、「天皇の命(みこと)を宣(の)べる」という意味です。天皇が即位したときのお気持ちや抱負を述べるということですね。

で、要するに「中今」とは、高天原の頃より、累々と受け継がれている天皇の位を、「今、自分が受け継いだ(天皇の歴史の中の今)」という意味なわけですね。

文武天皇と聖武天皇が述べた「中今(なかいま)」

事実、続日本紀には、皇位を自分が継承した意味で「中今」が使われています。

私が見つけただけでも、一番最初に出てくる
・文武天皇 即位の宣命
・聖武天皇 即位の宣命
に出てきます。

証拠として、その文面を掲載しましょう。

文武天皇が即位の宣命で語った「なかいま」

◎文武天皇 即位の宣命(原文)

◎文武天皇 即位の宣命(現代文)

聖武天皇が即位の宣命で語った「なかいま」

◎聖武天皇 即位の宣命(原文)

中今(なかいま)とは瞑想の「いまここ」の意味ではない

ご覧の通りです。

文武天皇の宣明では、「高天の原に事始めて、遠天皇祖(とおすめらぎ)の御世、中今に至るまでに、・・・」とあります。

聖武天皇の宣明では、ほぼ同じような文章で、「遠皇祖(とおすめらぎ)の御世を始めて、中今に至るまでに、・・・」とあります。

明らかに、歴史ある天皇家の皇位を、自分が(当時の今生天皇)を受け継いだ意味として「中今」が使われています。

悟り系の「いまここ」ではありません。

「今この瞬間を大事にして、今を生きる」という意味ではありません。

「中今」を、悟り系の「今を生きる」「いまここ」とするのは、もっと後世になってから登場した意味でしょう。

後世に付与されたもの。
創作されたもの。

それこそ誰が言い出したわからない、もしかすると昨今流行の悟り系に乗じて、誰かが言い出した言葉なのかもしれませんね。

歴史的事実をねじ曲げてはいけない

困るのは、まるで神道が、仏教やアドヴァイタと同じ「悟りの思想」を、神道が登場した時より持っていたかのように喧伝することです。

これはなりません。
誤解を招く見解を垂れ流しかねません。

「中今」とは、「今ここを生きる(いまここ)」の意味ではありません。

今、天皇家の歴史を継承した意味です。

天皇家のバトンを、今、自分が受け継いだ(中今)ということです。

歴史的な事実をねじ曲げて、あたかも「神道にも仏教と同じ悟り系の修行があるんだ」なんて言ってはなりませんね。

神道事典にも「中今」の意味に対して警鐘を鳴らしている

ちなみに、上記の文献「神道辞典」ページ377でも、「中今の語を、いま現在の時を称える言葉としての意味で、(中略)、神道の歴史観と紛らわしいニュアンスで用いることが行われるようになった」と眉をひそめる書き方をしています。

神道事典では、本来の「天皇の位を受け継いだときのお気持ちの言葉」として使われていた「中今」を、その意味と歴史を改変して使っている風潮にチクリと刺しているわけですね。

ごもっともです。

神道そのものが密教の影響を受けて平安時代に創作された様式

創作といえば、神道もまた、創作されたものです。

現在の様式の神道は、奈良時代から平安時代にかけて、密教の影響を強く受けて創作されています。

このことは、島田裕巳先生の著書にも詳しくあります。

神道は、縄文時代から受け継がれているものではありません。

奈良時代から平安時代にかけて、仏教を元にして創作されたものです。

元々「神道」という概念もありませんでした。

元々は、自然の中に、偉大なる生命か何か(サムシング・グレート)を感じ続けていた慣習のような祀事です。

それは、神籬(ひもろぎ)、 磐座(いわくら)、神奈備(かんなび)といった風習に出ていますね。

素朴な自然信仰だったわけですね。

神道そのものは素晴らしい祀事

しかし原始神道は、決して劣った風習ではありません。

迷信でもありません。

偉大なるサムシンググレートを感じ続ける、豊かな霊性と、高次の感性による素晴らしい風習、それが、元祖神道、原始神道といってよい祀事だったわけですね。

日本が誇る、素晴らしい風習です。

が、これの「ならわし」が、後に、仏教の影響を受けて「神道」というスタイルが作られるようになったということですね。

まとめ

そういうわけでして、神道における「中今」は、悟りとしての「今を生きる」「いまここ」ではないんですね。

「中今」とは、天皇が世継ぎを承り、代々継続している天皇の位を、今自分が引き受けた(中今)という意味が本義なのでしょう。

悟りとしての「いまここ」は、ずっと後になってから改変され変容された意味です。

それこそ、神道は、仏教(特に密教)の影響を受けたことからも明らかなように、禅の思想を取り入れて「中今」としたのかもしれませんね。

で、やっぱり、自分で文献などを調べる必要性を感じますね。大雑把でも、自分で調べる習慣は、持ったほうがいいですね。

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芸能番組が気持ち悪かった子どもの頃https://www.yurubossa.com/geinoujinkimoi/https://www.yurubossa.com/geinoujinkimoi/#respondTue, 25 Feb 2025 13:17:07 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17400

それにしてもテレビを見なくなってから、20年くらいになります。 自宅にはテレビはあるんですが、私は見ないんですね。 チラっと見ることはあっても、何かの番組をずっと見ることはないですね。 思い返せば、小さい頃は、テレビを見 ... ]]>

それにしてもテレビを見なくなってから、20年くらいになります。

自宅にはテレビはあるんですが、私は見ないんですね。

チラっと見ることはあっても、何かの番組をずっと見ることはないですね。

思い返せば、小さい頃は、テレビを見るといっても、アニメ、ヒーローものなどの子ども番組、ドリフくらいでしたからね^^;

で、芸能人とか歌謡曲の番組は、見ていると気持ちが悪くなってきて、そのまま布団にもぐり込んで寝てしまっていましたからね。

そうそう、子どもの頃は、芸能番組を見ると気分が悪くなったものです。

最近、フジテレビ問題が大々的に暴露されてきて、えげつないほどの性接待を繰り返していたこと、また会社ぐるみで破廉恥なことをし続けていたことが明らかになりましたからね。

で、これと関連して、芸能界がエグイほどのエロ業界であることもわかってきて、気持ちの悪い世界なことがハッキリしたものです。

こちらの動画には、17才~23才まで映画女優をしていた方の赤裸々な話しがあります。

【芸能界の闇】中居氏、テレビ業界、スポンサー、性接待どころの騒ぎじゃない件

名が通っている女優や俳優は、性接待することで著名になることを暴露しています。

枕営業が当たり前の世界。

それが芸能界。

こうした話しは噂として今までも聞いていましたが、このように真正面から言われますと、芸能界って性を売る仕事であり、性接待が根底にある業界なことがわかりますね。

私が子どもの頃、芸能番組を見ていると、変な気に当たった感覚になり、気持ち悪くなって寝込んでいたのは、こうした淫靡で卑猥で、ドロドロとした性欲と名誉欲が渦巻く芸能人が発散する波動の影響だったことがわかります。

子ども心に、芸能人が放つ淫靡な空気を感じ取っていたんだなあと思います。

家族が芸能人の話をするときがあるんですが、私は決まって嫌な気分になるもんですから、生返事をしてスルーしてしまいます。

時に「芸能人ってみんな気持ち悪い人だからねー」なんて言って、話の腰を折っているんですが、差別するわけではありませんが、あまりにも欲望がドロドロしている人は、気持ちが悪すぎるため、私はダメなんですよね。

まったくダメ。

芸能人はキモイ人達。

全員が全員、そうとは限らないと思いますが、芸能人はキモイ人達だと思います。

で、そんなキモチ人達が演じるドラマは、キモさ倍増するんですが、何故か、映画はまあまあ見ることができるんですよね。もっとも映画にもよりますが。

 

 

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私がたどってきた不思議なスピリチュアル人生と体験~ブログを書く意義https://www.yurubossa.com/kimyou/https://www.yurubossa.com/kimyou/#respondMon, 17 Feb 2025 14:57:00 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17418

ここのところブログの更新頻度が高めになっています^^ やはり文字で表現しますと、自分の頭の中を精密に整理することができるんですね。 「精密」といっても、トークよりも精密ということですね。 ----- 今ではすっかり、散歩 ... ]]>

ここのところブログの更新頻度が高めになっています^^

やはり文字で表現しますと、自分の頭の中を精密に整理することができるんですね。

「精密」といっても、トークよりも精密ということですね。

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今ではすっかり、散歩しながら瞑想などの話しをして、それをYouTubeにアップすることが多くなっています。

言葉で話すことが多くなっています。

ですが、私の場合、トークはどうしても大雑把になる感じなんですね。

もっともその大雑把さが、むしろわかりやすいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。

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が、私の場合は、ザックリしすぎていて、時々、文字化して精密に表現しないと、どこかモヤモヤとしたのが残るんですね。

なので、こうして記事をタイピングして文字化・文章化することで、頭の中を整理することができて、どこかスッキリもするんですね。

こういうのって、たぶん私の特性・特徴になるんじゃないかと思います。

考えを正確かつ的確にまとめることで落ち着く、スッキリする。

思考をきちんと文章・文字化するのが、私の性分に合っているんじゃないかと思います。

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ところで、世の中には、実にトークがうまい人がいるんですよね。コミュニケーション能力も優れている。

こういう人は、どんどん仲間を増やしていき、いわゆる人脈を容易に作り上げていきます。

こういう人をリアルで見ていると「すげーなー」と思いますね。本当に驚くべき能力です。

そういう才能を生まれながらに持ち得ているんでしょうが、マジモン、素晴らしいんですよね。

で、こうした人が、世に出て活躍もしていくんだと思います。

今、将来、著名になりそうな人をリアルタイムで見ている、そういう人もいます。おそらく伸びていくと思います。

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しかし私の場合は、どんどん仲間を増やして人脈を作っていくといった才能やコミュニケーション能力は乏しいですので、地道に活動していくことになりますね^^;

で、これでいいと思います^^

人それぞれ、才能・能力というのがありますからね。

その天分に感謝して、活かすことが大事だと思います。

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と、この辺りでミュージック。

‘Sunset Avenue’ (FAWM#21 2025)

恒例のState Azureさんのアンビエントですね。

いつもいい塩梅です。

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で、トーク。

私の場合は、やはり文字にしたためて文章にすることをしていく必要があるなあ、と。

文字化・文章化することで、頭の中の整理もできて、スッキリします。

考えなどを文字にすると整理がつきます。

心の中も整理できます。

思えば、こういうことを18才の頃から行っているんですよね。

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自己観察を行っていた10代後半。18才の頃から「書きなれノート」と題して、思うこと感じることを文字にして書き続けることをほぼ毎日行っていたものです。

「書きなれノート」とは、大久保忠利さんという方が提唱していたワークなんですね。

そういえば、昔つづっていたこちらのブログに「書きなれノート」のことを書いていましたね。

大久保忠利さんの「書きなれノート」~思考や感情を言語化・コトバにすることの大切さ
https://yurubosa.hamazo.tv/e7239133.html

自己観察をしていると、いろんなことが去来します。

そうしたさまざまな思いの中で、大切であったり、ひっかかることはノートに書いていって、頭や心の中を整理する。

こういうのを確か、見性体験(一瞥体験)が起きる数ヶ月前まで続けていたんですね。

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そういえば、見性体験(一瞥体験)が起きた後、文章の中身がすっかりかわってしまったんですよね。

これは自分でも自覚があったものでした。

物事を俯瞰的、鳥瞰的に、全体的にとらえるようになったものです。

また上手な言語化への関心もよりいっそう高まったものでした。

確か、当時、縁のあった人の影響もあったと思います。

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その人は、心の様を上手に言葉化していたんですが、それを聞いて「すごいなー」と思いましてね。

ただ、その方が語る内容は、どこか重たく、深刻だったんですね。なので「こういうのはよくないなー」と感じたものでした。

しかし、さまざまなことを上手に言語化することへの興味がいっそうわいて、おもしろいなーと思ったものでした。

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が、心の精妙な領域や、精妙な物事を言葉化する場合、重たくなったり、深刻になるのは、よくないんですね^^

精妙な領域、微細な領域になればなるほど、サットバ(善性)に基づく「いい感じ」が必要になってきます。

ここからズレると、ちょっとマズイんですね。てか、ヤバイ^^;

で、この感覚そのものが、瞑想と同じだったりします。

正確にいえば、瞑想を行う基本姿勢、有り様。自己観察の基本姿勢。

非常に大事なことだったりします。

こうして文字化していると、忘れていた昔のことを思い出すこともあるんですね。

で、これもまた頭の中、心の中、記憶の整理にもなります。

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私にとって見性体験(一瞥体験)は、まさに人生を一変する体験だったものです。

しかも、先生や師匠、師家から教わることなく、自分で暗中模索し、試行錯誤を繰り返す中で起きたものでした。

いわゆる「無師独悟」「独覚」というものです。

見性体験(一瞥体験)は、悟りではないんですが、しかし創造主・神・宇宙に開眼する尊い体験なんですね。

そこに、自力で開眼。

自力で、しかも16才から始めて21才で開眼するというのは、もしかすると過去世、前世からずっと行ってきていることなのかもしれません。

よくわかりませんが。

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けれども、私の場合、それが見性体験(一瞥体験)であるとわかったのが、体験が起きてから約30年後だったわけですね。

随分と時間がかかったものでした。

しかし、時間がかかったお陰で、この体験にありがちな「慢心」によるリスクや闇落ちしなかったのは幸いだったものです。

仕事で苦労をしたり、人生が思うようにいかなと思うこともあって、おごり高ぶる環境でなかったことも幸いしたと思います^^;

もっとも、内心「いい気になると危ういぞ」というシグナルがあったことは確かなんですね。

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体験が起きて約20年後にテーラワーダ仏教にシフトしたんですが、シフトしてしばらくすると、突然、エネルギーの覚醒体験が起きましてね。

またエネルギー的にはっきりと天とつながる体験が起きたりもしたものでした。

しかし、テーラワーダ仏教の文脈には、チャクラやエネルギーの概念がありませんし、まして宇宙とつながる・溶け込むというのもありません。

なので、「一体これは何なんだ?」と戸惑い、そうしてこれまた独りで模索することになったものです。

そうして、アドヴァイタやノンデュアリティーの世界を探索している中で、「一瞥体験」「見性体験」というのを知って、自分が体験したことと同じだったり、非常によく似た体験をしている方々がたくさんいることを知ったものでした。

で、ここからさらに体験が深まるようになって、さまざまなことがわかってきたものでした。

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結局、見性体験(一瞥体験)は悟りではないということ。

しかし宇宙に開眼し、宇宙意識(真我)に開け、神の愛(慈悲)を感得する貴重かつ尊い体験であること。

また本質は、エネルギー体験。

しかも、見性体験(一瞥体験)はスタートであって、ここから「それ」に溶け込む、一体化して深めていく必要があること。

そのプロセスにおいては、奉仕(利他)、慈悲が欠かせないこと。

また「あるがまま」「いまここ」というあり方が、深めていく上で欠かせないこと。

こうしたことも体験・経験をしながら感得していったものでした。

やがて日常的に広がる意識(宇宙意識)が定着し、心の成分も変容し、エネルギーが発動するようになって、エネルギー系のワークもできるようになっていく。

イエス・キリスト、ヨーギー達の能力は、「それ」に深く溶け込むことで生じる能力であったこと、精神性であったことがわかります。

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で、こうしたことは洋の東西でも言われています。

インドのヨーガやウパニシャッドでは「梵我一如」。

仏教では「善(善性)」。

タオでは「一(いち)」。

キリスト教では「父に溶け込む」「合一」。

これらは全部、同じことを言っています。

で、現在、覚者といわれている人は、全員、これらの有り様を語っています。

体験や感得に深い浅いがあるため、その話しの内容に違いがありますが、しかし本質は全員同じです。

真我(宇宙、宇宙意識)ということですね。

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しかしブッダが説いた「悟り」は、これらとはまったく性質が違います。

だからブッダは、あれほどまでに「涅槃の独自性」を強調されたんですね。

悟りとは、認識のあり方が変わること。記憶が絡まない認識がわかること。

真我体験、見性体験、一瞥体験は意識が変容すること。

悟りと、これらとはまったく異なります。

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こうしたことが、求道を始めて40年近く経ってからわかってきたものです。

私の歩みは、これからも続くと思います。

16才のときに、インドの輪廻転生を知った時に、ものすごい衝撃ーーーそれは体に電流が走って、何かの箱の扉が開くかのような感覚があったのですがーーー「自分は解脱するために生まれてきたんだ!」と強烈な衝動がわき起こり、爾来、ずっと歩み続けています。

もっと遡れば、子どもの頃から創造主・サムシング・グレートを、木々や草といった自然の中に感じていましたからね。

小学三年生のときは、野原を眺めていたところ、偉大なる存在を感じて感激し、「自然は友達!」なんて感じていましたからね。

センス・オブ・ワンダーを地で行っていた子ども時代です。

スピリチュアリティ(霊性)の天分があったと思います。

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けれども、こういう人は世間では浮いてしまったり、変人といいますか、奇人の類になると思うんですが、しかしながら理解や賛同してくださる方々がいることは、本当にありがたく、うれしく感じます。

必要としている方には、惜しみなくアドバイスをしたり、サポートをしていきたい。

そういう衝動といいますか、モチベーションもあるんですね。

やはり長い間、誰にも言うことが無かったたったというのもあると思います。

昔は、そもそも理解していただける人がいなかったものです。

宇宙意識やら神の愛だとか、エネルギーが覚醒したといっても、一般的には理解されませんからね。

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近所のお隣さんと話しをするときは、ごくふつーの一般人ですし、どこかの集まりやコミュニティに顔を出せば、ふつーの一般人と同じです。

こうした場で、覚醒やらエネルギーの話はできませんし、話しをすれば「は?」「大丈夫?」と思われますし、そもそも場違い過ぎます^^;マナー違反ですからね。

また、「自分を特別視」するような考えを、無意識のうちに醸成することは危うい。

この道は、落とし穴や危ういところもあって、まるで白刃の上を歩いているところもあるんですね。

充分に気をつける必要があります。

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なので、こうしたブログで、あまり話しをするのも本当はなんなんですが^^;、しかし、ブログで、少しずつ、ちょっとずつ書き始めていく中で、理解者や賛同者が出てきたことも事実なんですね。

なので、こうした体験をお話しをするのも、タイミングとか雰囲気とか、そのときのフィーリングというのもありますね。

が、慎重にしていく必要があるかなあと、今でも感じています。

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それにしても、こうして気の赴くままに書いていますが、やはり頭の中や心の中すスッキリしますね。

もしかすると、今日書いていることを、きちんと文字化、文章化したかったのかもしれません。

今まで歩んできたこと、たどってきたことーーーその中には黒歴史もあるんですがーーーを言うことで、役に立つ、学びになる方もいるのではないかと。

この界隈における誤解や混乱に、一筋の光を提供して、真我体験や覚醒体験、チャクラ覚醒などに関して、もっとクリヤーにすることができるんじゃないかと感じるものがあります。

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しかし、なかなか勇気が要ることなんですね。また覚悟も必要になりそうな。

あいやー、そういうのは面倒アルヨ、と思うところもあって、結局、お気楽路線になっているんですが、いろいろと思うところ、感じるものがあります。

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けれども、ご縁のある方々が、しあわせな意識や認知になり、高次意識に開眼していく、そういったお手伝い、サポートはしていきたいと思っています。

やはり、人が根本的なところからしあわせになり、高い意識に開けていくことはうれしいですし、楽しいんですね。

充実感をおぼえます。

-----

と、こんな感じで気のおもむくままにタイピングをしていますが、気が付くと5000文字以上!

ま、これが文字化、文章化の醍醐味であって、私は、こうした文字化、文章化することでスッキリする、整うところがあるかなあと思います。

昔のことは、いろいろと忘れてしまったこともありますが、こうして文字化していると、思い出すこともあります。

ブログを書くのは、やはりいいですね(^o^)

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瞑想をして良くなる人の特徴https://www.yurubossa.com/meisouyokunaru/https://www.yurubossa.com/meisouyokunaru/#respondSat, 15 Feb 2025 13:36:57 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17402

目次 非表示 人が良くなる4つの瞑想実践 4つの瞑想実践をして良くなる人 エネルギー的にきよらかで美しくなる 大切なことは意欲+継続 日々の瞑想は基本 瞑想のやり方はいくつかある 意欲的に行えば効果が出てくる 人が良くな ... ]]>

人が良くなる4つの瞑想実践

瞑想を行って、良くなる・良い変化が起きる人が、一定数います。

この手のことへの研究は長年行っています。

で、瞑想を行って良くなるためには、

  • 言動を適切にする・・・認知を良くする
  • いまここ系の瞑想を行う・・・無意識を浄化する
  • 祈り・ハート瞑想を行う・・・無意識を浄化し愛に満たす
  • 天啓気療を受け続ける・・・無意識の深い領域を浄化する

この4つがおすすめになります。

伝統的な瞑想実践は、戒律(言動を適切にする)と瞑想の2本建てになっています。

このやり方は、仏教が典型です。

しかし、このやり方は、現代では効果が弱いんですね。

現代では、

祈り+天啓気療

を加える必要があります。

で、実際、これら4つの実践を行うことで、4~5年で大きく変わる人も出てきています。

4つの瞑想実践をして良くなる人

で、これら4つの実践をコツコツと続けていきますと、本当に変わります。中には激変した人もいます。

オーラといいますか、気・エネルギーが良くなって、輝きを増すようになります。

で、実際、その本人に聞いてみると、「あるがまま」に物事を受け止めることができるようになっていることがわかります。

心の観察も行い、心のあり方に関心を持っていることもわかります。

しっかりと瞑想効果が出ています。

4つの実践は、自分の経験体験からもおすすめしています。

エネルギー的にきよらかで美しくなる

それにしてもビックリでもあるんですね。

まさか数年で効果が出てくるとは。

気エネルギーの状態がすっかり変わってしまったことは驚きに値します。

霊的な不浄や変なよどみもありません。

スッキリしている。

そのスッキリとしたエネルギーは、そのままその人の内面性を表しています。

もっとも、まだ認知のあり方にいくつも課題があります。

認知、理解、学びは、まだまだ。

これからですね。

ようやくスタートラインに立ったというのが、本当のところかもしれません。

しかしながら、エネルギー的に綺麗になったことは特筆です。

伝統的な方法では、ここまでの浄化は難しいんですね。

はい。困難です。一変的にいえば不可能です。

で、これが伝統的な方法の現実であり、限界なんですね。

やはり「天啓気療などのヒーリング」、「祈り」を加えないと、美しさを感じさせるエネルギーにはならないんですね。

殊に伝統的な仏教の方法だけでは(テーラワーダ仏教であっても)、ここまでの浄化は不可能です。

大切なことは意欲+継続

おすすめしている4つの実践によって成果を出している方、効果を感じている方は少なからずいらっしゃいます。

これが私にとって、確信にもなります。

またなんといってもうれしいんですね。

で、4つの実践で大切なことは、

「意欲」です。

「継続」です。

意欲的に続けていくことが大切なんですね。

瞑想は毎日行うのがデフォルトですね。

できるだけ毎日行う。

できれば20分。

理想をいえば、30分、1時間。

毎日行うといっても、形だけやってもあまり効果は期待できません。

意欲的に行うことが大切なんですね。

意欲的に。

日々の瞑想は基本

で、瞑想は基本なんですね。

瞑想をしないと、よい変化は起きません。

はい。

瞑想をしないと、変容は起きません。

いたずらに時間が過ぎていくだけです。

また祈りも大切。

瞑想と祈り。

これによって、無意識の浄化も始まって、さまざまな感覚もわかるようになってきます。

瞑想がもたらす効果や恩恵は数多く、こればっかりは日々、瞑想しないとまったくわからないんですね。

瞑想のやり方はいくつかある

なお瞑想といっても、瞑想は座って行うだけが瞑想ではありません。

歩く瞑想もあります。

また瞑想でもっとも大切な「心の観察」「自己観察」もあります。

畢竟、自己観察だけでプレゼンス(名色分離智)に達します。

それくらい大事なんですが、いきなり自己観察は難しいこともあります。

ですので座って行う瞑想や、歩く瞑想なんですね。

意欲的に行えば効果が出てくる

4つの実践は、原始仏教をはじめとして、世界中の宗教のエッセンスをまとめて、換骨奪胎して、わかりやすくまとめたものになります。

現代向けにアレンジしています。

意欲的に取り組めば、必ず効果があります。

瞑想は感受力が大事になりますが、瞑想を続けることで感受力も育ってきます。

結局、瞑想をずっと続けていくことが何をおいても大事になるんですね。

1年、2年、3年・・・と続けていく中で、さまざまな気づき(自覚)も得られます。

実践の中で感得した諸々は、誰かから聞いた話しや、本で読んだ知識と違って、腹オチし、叡智となります。

実践、実習。

いまここ。

呼吸に気づく、足の裏の感覚に気づく、手が止まったところに気づく、全身の感覚に気づく、腕が動くことに気づく、お腹の動きに気づく。

うまずたゆまず続けていくことですね。

そうすれば、ふっと気づいたときに、自分が大きく変わっていることに気がついて、心の底から喜び---それは生命のよろこび---法悦---を感じるようになります。

心が善くなり、そうして高次意識へ開眼していく方々のサポートをしていきたい。

それが私の願いでもあり、ずっとこうしたことをしていますが、成果を出す人が出てきますと、ますます意欲的になりますね(^o^)

しかし、ご自身が、意欲的に取り組みませんと、のれんに腕押し。猫に小判。豚に真珠。馬の耳に念仏です。

ぜひぜひ意欲的に続けていただきたいですね。

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よさげなスピリチュアルを体験~天人の欲望こそいわゆるスピリチュアルhttps://www.yurubossa.com/yosagesupi/https://www.yurubossa.com/yosagesupi/#respondWed, 12 Feb 2025 12:35:08 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17394

目次 非表示 瞑想・祈り・適切な認知は基本 よさげなスピリチュアルを体験 モヤモヤが残る謎 天人の欲望 天人の欲望と高次意識は異なる 天人の欲望のワナ 天人の欲望の心地よさ 天人の欲望こそいわゆるスピリチュアル 体験に勝 ... ]]>

瞑想・祈り・適切な認知は基本

それにしても、やはり「瞑想」「祈り」「適切な認知(認知をよくする実践)」といったのはいいですね。

「瞑想」をしますと、意識が明瞭になり、エネルギーに満ちあふれ、トータル的によさげになります。

「祈り」をしますと、心が洗われるようにもなります。そうしてハートにあふれます。

「適切な認知」に注意していますと、意識が明瞭になり、快活になってきます。

「瞑想」「祈り」「適切な認知」は、2000年、2500年前からある実践です。

昔からありますが、王道の実践であり、キモですね。

これらは、人を高次の意識(真我、創造主、宇宙意識)に向かわせ、本当の意味での幸福と叡智に誘います。

よさげなスピリチュアルを体験

昨年から、よさげなスピリチュアルにも触れるようにしています。

何事も「実際に体験してみる」ということをモットーにしていますので、よさげなスピリチュアルも実地体験しています。

ところが、よさげなスピリチュアル、良質なスピリチュアル、エネルギー的なテクニックがすぐれたスピリチュアルであっても、どこかモヤモヤしたのが残るんですね。

モヤモヤが残る謎

終わった後、どこかモヤモヤとしたのが残る。

なにかモワーっとしたのが残る。

これって一体何なんなのだろうか?といった疑問があったんですね。

が、どうやら高次意識には向かわず、「欲望の領域」にとどまっているからなんだということが、わかってきたものです。

天人の欲望

「欲望」といっても、「天人の欲望」のようなものなんですね。

「天人の欲望」。

天人といえども、欲望があります。これは洗練された欲望なんですね。上層アストラル界における欲望。ほとんど害はないんですね。

天人の欲望と高次意識は異なる

が、しかし「天人の欲望」と「高次意識」は性質が異なるんですね。

なので、天人の欲望に触れていると、だんだんと疲れてくるようになります。どこかシャキーンとした高揚感がない。

天人の欲望は、どこかスピリチュアルや新興宗教団体のノリに似たところがあります。奇妙に酔うような心地よさがあります。

これが天人の欲望の特徴。

上層アストラル界における欲望の感覚。

天人の欲望のワナ

天人の欲望は、パっと見た目には心地よい。

しかし、しばらく味わっていると、おや?と。

良質なスピリチュアルといえども、高次意識に向かう要素が無いと、軸に置いていないと、どうしても天人クラスのとどまりがち。

で、天人の欲望に馴染んでしまう。

こうしたことがわかってきたものです。

天人の欲望の心地よさ

人によっては、天人の欲望に心地よさを感じる方もいるかもしれません。

で、これがスピリチュアルの落とし穴の一つなんだろうなあと思うところがあります。

また、これがスピリチュアルへの違和感の一つなのかもしれません。

天人の欲望こそいわゆるスピリチュアル

天人が放つ雰囲気の良さはいいもんです。

しかし、天人の欲望には注意。

天人の欲望が、いわゆるスピリチュアル的なものを醸し出しているのではないかと。

体験に勝るものはない

いろいろと実地に体験しますと、「瞑想」「祈り」「適切な言動」といった基本的な有り様が望ましいということがわかってきます。

やはり何事も体験ですね。

実際に試してみてわかることが多いですね。

黒歴史であろうと、ホワイトな歴史であろうと、体験から学ぶことは多いですね。

学び、体験し、検証する。

これは何事においても大切だなあと、改めて思います。

 

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4つの実践で善くなることを実証https://www.yurubossa.com/4tunojissen/https://www.yurubossa.com/4tunojissen/#respondTue, 11 Feb 2025 13:47:34 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17267

それにしても良い季節ですね-。 1月~2月は、もっとも心地よい季節なんですね。 タマりません^^   で、おすすめしている4つの実践(①いまここ系瞑想、②祈り、③日々の言動を適切にする、④天啓気療やセッションを ... ]]>

それにしても良い季節ですね-。

1月~2月は、もっとも心地よい季節なんですね。

タマりません^^
 

で、おすすめしている4つの実践(①いまここ系瞑想、②祈り、③日々の言動を適切にする、④天啓気療やセッションを受ける)を行っていますと、良くなっていきます。またプレゼンスにも開眼していくようになります。

劇的に変化する人もいて、この実践の効果のすごさを改めて感じています。

劇的に変化する場合は、こう言ってはナンですが、実践を始めた頃が結構大変で、状態が悪い場合ですね。
 

けれども、天啓気療などを受け続けて、毎日、瞑想を行い、また認知をよくすること(日々の言動を適切にする)を行い、良い教え学び続けて身につけようとしていますと、必ずといっていいほど効果が出てきて、数年後には変わります。

熱心に行えば4年くらいで変わります。中には激変します。
 

大事なことは「意欲」ですね。

中でも瞑想を毎日行うこと。できるだけ長い時間ですね。

瞑想も、座って行う瞑想が、瞑想ではないんですね。日常の生活の中でもできます。また心を観察し続けることも瞑想です。

心を観察する瞑想は、プレゼンスや見性(一瞥体験)を引き起こす大切な実践にもなります。

いずれにせよ、瞑想を行うことは必須ですね。
 

ちなみに「意欲」といっても、形だけをなぞって行ったり、真剣味がありませんと、あまり意味をなさなくなります。

力むことなく、ゆったりとして、ゆるっと毎日、意欲的に行うことが大切なんですよね。
 

で、天啓気療などを受け続けながら瞑想を行っていますと、本当に変わります。

顔の色艶もすっかり変わって、オーラも綺麗になって、パっと見た感じがいい感じになるんですね。男性だったら清々しい印象になったり、女性だったら綺麗な感じを与えるようになります。
 

これら4つの実践は、本当に人間を根本的なところから変えます。

こうしたことは、理屈や机上の空論ではないんですね。

実際に効果があり、実証もされてきています。

「伝統だからよい」といった形式的なものでもないんですね。

実際に効果があることをわかりやすくまとめているのが、4つの実践なんですね。
 

実証する方が一人、また一人と増えてくることで、確信も高まります。

幸せになる人、エネルギー的に美しくなる人、高次意識に開眼していく人、こうした方々がもっと出てくるように、ますますサポートする意欲も高まりますね(^o^)

人が幸せになるって、ホント、めっちゃうれしいですし、楽しいんですね(^o^)

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ホリエモンと長谷川豊氏の対談がすごい~しかし着地点はテレビ局のグローバル化の流れ?https://www.yurubossa.com/hasegawayutakataidan/https://www.yurubossa.com/hasegawayutakataidan/#respondFri, 07 Feb 2025 15:14:27 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17382

目次 非表示 ホリエモンと長谷川豊氏の対談がすごい フジテレビは再起不能の「不治テレビ」だが潰れない? コンプラ違反が企業風土のフジテレビ 天人の悲劇 ホリエモンが社長になるプランに潜むリスク ホリエモンのカジノ計画 フ ... ]]>

ホリエモンと長谷川豊氏の対談がすごい

今話題のホリエモンと長谷川豊さんとの対談。

フジテレビ元アナウンサーの長谷川豊さんのトークは破壊力がありますね(笑)

もう長谷川さんが登場しているこちらの3本の動画で充分。この3本で、フジテレビを巡る騒動がわかりますね。

【緊急対談】「フジテレビに上納文化はあります」日枝久が作った“歪な構造”を元フジアナウンサー・長谷川豊が猛烈批判
https://www.youtube.com/watch?v=V7xXAJ7upeQ

長谷川豊/日枝久が作ったフジ/女子アナ上納の実態/中居騒動でスポンサー降板も潰れない訳
https://www.youtube.com/watch?v=Ub3a6HE88y4

【緊急対談】長谷川豊さんに、ホリエモン対談の続編と過去の炎上について聞いてきました
https://www.youtube.com/watch?v=TnTNkDSYKMU

フジテレビは再起不能の「不治テレビ」だが潰れない?

それにしてもフジテレビは、まさに不治テレビになっていますね^^;

再起不能でしょう、このままでは。

しかしフジテレビは潰れることはないでしょう。

その理由は3つ。

一つは、電波利権にあずかっている数少ない企業だから。

もう一つは、総務省の天下り先だから。総務省は決して潰しませんからね。

3番目は、フジテレビの母体となっているフジサンケイグループの本業は不動産だから。不動産事業でフジテレビの赤字はしばらくの間はカバーできるとか。

これら3つの理由で、フジテレビは決して潰れることはないですね。

コンプラ違反が企業風土のフジテレビ

しかし、こうした特権というか安泰な環境にあぐらをかいて、コンプライアンス違反が常態化していたといいますからね。

セクハラが当たり前の会社。乱痴気騒ぎが過ぎていて、もう全員が「兄弟」であると、長谷川さんは語っています。

おぞましい・・・

で、このフジテレビの社風やノリに合わないと「ノリが悪い」「フジの社員らしくない」といってつまはじきにされ、いじめられ、追い出されてしまうと。

もうアホかと^^;

クレイジー

天人の悲劇

フジテレビの愚行を見ていますと、調子に乗った天人の転落人生かのようですね。

天人の中には、その幸運に乗じて好き勝手なことをしてしまい、死後、ガキとかの不遇な境遇になってしまうというケースもあるといいます。

おごり高ぶれば、末路は悲惨。

フジテレビは、企業体そのものが、天界から真っ逆さまに魔界に落ちた企業でしょう。

こういう企業は、社内人事だけで再生は無理ですね。

外部から人を入れて、役員を刷新しないと無理でしょう。

JALや日産と同じです。

てか、フジテレビの場合は、社風、企業風土がクレイジーですので、まともな改革は不可能です。狂った感覚で再建しますので、やればやるほどおかしくなってしまいます。

なので、フジテレビの社風とはまった異なる外部の人達を多く招いて、上層部をすべて刷新し、ゼロから作り直すようにしませんと、再建はできないでしょう。

それくらおフジテレビは「病んでいる」わけですね。人間としての感性が根本的なところから狂ってしまっていて、畜生のようになっています。正常な感覚で会社経営することは不可能なんですね。

ホリエモンが社長になるプランに潜むリスク

で、実際、外部から役員、取締役を招いて、フジテレビを再生する話しもあるんですよね。

たとえばフジの大株主であるアメリカのダルトンが、取締役にホリエモンこと堀江貴文にするプランを提示しているとか。

しかし、ホリエモン。

彼は、竹中平蔵氏とも昵懇なんですよね。

で、その竹中H蔵氏は、ウォール街の日本窓口であるとか。このことは亡くなった安倍元首相が、三橋貴明さんに語っています。

その竹中H蔵氏と、ホリエモンは昵懇。

で、アメリカのウォール街と関係?もありそうなダルトンが提示する「フジテレビ再生プラン」に、ホリエモン取締役の計画があるとか。

ホリエモンのカジノ計画

で、ホリエモンは、長谷川豊さんとの対談動画の最後で、お台場の近くに「カジノ」を作ることを提案しているんですよね。

https://youtu.be/V7xXAJ7upeQ?t=2966

カジノといえば、外資に門戸を開く売国プラン。

このことは三橋貴明さんとはじめ、藤井聡さんら多くの識者が警鐘を鳴らしています。

反日、売国につながる「カジノ」を、ホリエモンは、フジテレビ再生プランの一つに掲げています。

フジテレビ騒動から売国グローバル化へ流れ?

もしダルトンのプラン通りに、ホリエモンがフジテレビの社長になれば、カジノも実現することになるかも。

ホリエモンは、斬新なアイディアを元に、テレビ局のコンテンツをサブスクにして巨大な利益を上げて、テレビ局再生の功労者になる可能性はあります。

しかし、その一方で、カジノを実現し、日本のテレビ局を外資に門戸を開き、日本のテレビが外資にコントロールされる道筋をますます強めてしまうことになるかも。

で、偏向報道が巧妙かつもっと酷くなり、正しい情報が入るかのようにみえて、入らなくなることも出てくるかも。

前門の虎、後門の狼。

フジテレビ騒動に乗じて反日売国を実現する流れが、水面下で着々と流れているというのは、少々うがった見方かもしれませんが、無いとはいえないところもあるかなと感じています。

妄想と杞憂になればいいんですけどね。

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https://www.yurubossa.com/hasegawayutakataidan/feed/0
ブログ更新の通知ができなくなってしまったの巻きhttps://www.yurubossa.com/kousinstop/https://www.yurubossa.com/kousinstop/#respondThu, 06 Feb 2025 15:32:00 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17381

この前、ブログのカズタマイズをしたんですが、そのときにウッカリ「読者登録」をしている方々のプラグインを削除してしまいましてね。 あちゃー。 読者登録は、ブログが更新されたときにメールでお知らせが入るシステムなんですね。 ... ]]>

この前、ブログのカズタマイズをしたんですが、そのときにウッカリ「読者登録」をしている方々のプラグインを削除してしまいましてね。

あちゃー。

読者登録は、ブログが更新されたときにメールでお知らせが入るシステムなんですね。

で、何人かの方が読者登録されていたんですが、そのシステムをウッカリ削除してしまいましてね。

あいやー。

で、ブログ更新の通知ができなくなってしまいました。

で、削除してしまった理由は、そのシステムを機動しているプラグインというのがあって、今までは無償で使用できていたんですね。

ところが今年になってから、「使い続ける場合は有料に」というアナウンスが入るようになりましてね。

で、それでザクっと削除したんですが、後になってから「シマッタ」と。

読者登録されていた方々のリストも消えてしまったんですね。

そんなわけでして、せっかく読者登録されていた方々に、ブログ更新のお知らせが届かなくなってしまいました。

最近は、更新も滞りがちなんですが、人力で時々見ていただければと思います^^;

とゆーことで、ブログ更新の通知ができなくなってしまったの巻き、ということですぅ。

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フジテレビ問題がわかる決定版動画!~セクハラ日常化&コンプラ違反の実態が暴露されるhttps://www.yurubossa.com/fujiterebimondai/https://www.yurubossa.com/fujiterebimondai/#respondSat, 01 Feb 2025 23:54:44 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17359

目次 非表示 フジテレビ問題がわかる決定版動画! コンプラ違反の実態 フジテレビに放送をさせて良いのか? フジテレビ問題がわかる決定版動画! いやー、これは超絶ビックリ! 年末から話題のフジテレビ問題。これがわかる「決定 ... ]]>

フジテレビ問題がわかる決定版動画!

いやー、これは超絶ビックリ!

年末から話題のフジテレビ問題。これがわかる「決定版」動画が出てきましたね。

【緊急対談】「フジテレビに上納文化はあります」日枝久が作った“歪な構造”を元フジアナウンサー・長谷川豊が猛烈批判
https://www.youtube.com/watch?v=V7xXAJ7upeQ

2/1にホリエモンチャンネルにアップされた動画です。

元フジテレビアナウンサー長谷川豊さんが登場し、フジテレビ社内のさまざまなことを暴露しています。

もう唖然とした内容。

口あんぐり。

あと、こちらもわかりやすい。

フジテレビ 上納文化 発覚 ! ホリエモン 長谷川豊 対談 ! 中居正広 女子アナ と 中嶋 の 関係 ! 日枝久
https://www.youtube.com/watch?v=wLM-Ar_Ncn8

コンプラ違反の実態

長谷川さんの話しをまとめると、フジテレビは、

  • セクハラが常識・常態の会社
  • そのセクハラを、ノリでうまくかわすことができてこそフジテレビ社員という認識
  • ノリの良さが大切で、真面目なことを言うとはぶせにされて、いじめに遭う
  • 就職説明会では「女子アナはキャバ嬢」として説明
  • フジテレビのアナウンサーは、上司の命令に絶対に逆らえない独特の組織形態を取っている
  • 日枝氏が、この組織形態を作り出した
  • 日枝氏は人事権を握っていて、ポスト任命、天下り先などを決定できる絶対的な存在
  • フジテレビの謝罪会見は、取締役達が天下り先を確保するために、日枝氏におもねて日枝氏を守るためのポーズだった
  • N氏は芸能事務所の社長に女子アナをアテンドさせることで、左遷された港氏を社長に昇格させた大功労者だった
  • だからフジテレビの会見でもN氏を批難する発言が一切無かった(N氏を叩くことは、港氏を叩くことに等しい)
  • 非常識過ぎる企業風土のフジテレビは、日常の有り様でもセクハラ&コンプラ違反に該当するにも関わらず、N氏はさらにモラルを破って女子アナを本気で上納(性接待)させてしまったとか
  • フジテレビは、日枝氏を絶対君主とした専制国家のような企業

こういう会社ということですね。

セクハラ当たり前の非常識過ぎる風土がフジテレビの企業風土とも言えるでしょう。

モンスターっぷりが半端ないですね。

フジテレビに放送をさせて良いのか?

それにしても非常識なことが当たり前となっている会社ってどうなの?

しかも「報道」が務めの企業。

公益性と倫理観が強く求められます。

そもそも「テレビ放送権」は、たったNHKと民放6社にしか与えられていない特権です。

放送局は、社会の規範・モラルに努める役目もあるわけなんですが、日常的に非常識・反モラルが常態であり、さらにこれに輪をかけるようにして、Nという人物は悪業過ぎることをやっていたと。

フジテレビから放送権を剥奪する必要があるでしょう。

こんな腐敗仕切った企業に、テレビを使った報道をさせちゃあいかんですね。

度が過ぎています。

コンプライアンス違反もはなはだしい。

コンプラ違反だけでもフジテレビは廃業対象の悪徳企業ですね。
 

それにしても長谷川豊さんの動画は、これはこれで法的に問題な部分もあると思いますが、しかしそれを上回る重大な内容です。

フジテレビの悪徳企業っぷりの実態が暴露されたといっていいですね。

コンプラ違反に該当すんじゃないかと思います。

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ブログの更新が滞っているが1月は最もワンダホーな季節https://www.yurubossa.com/ichigatuwandaho2025/https://www.yurubossa.com/ichigatuwandaho2025/#respondFri, 31 Jan 2025 14:20:09 +0000https://www.yurubossa.com/?p=17356

それにしても、すっかりブログの更新が滞っています^^; これには理由がありまして。 一つは、動画トークを精力的に行っているからなんですね。 で、動画のほうがカンタンなんです^^ とはいっても、私の動画は散歩しながらトーク ... ]]>

それにしても、すっかりブログの更新が滞っています^^;

これには理由がありまして。

一つは、動画トークを精力的に行っているからなんですね。

で、動画のほうがカンタンなんです^^

とはいっても、私の動画は散歩しながらトークをするというもの。

チョー簡単^^

健康のためにほとんど毎日、散歩をしているんですね。ま、散歩といいますかウォーキングですね。
 

昔は、吉方位取りをしながら夜にウォ-キングをしていました。

が、一昨年か3年くらい前に、何気に昼間にウォーキングをしたところ、景色を眺めながら歩くことも「いいなあ」と思えて、それから昼間にウォーキングするようになりましてね。
 

で、何気に歩きながら瞑想などのトークを始めたところ、これは時間を有効活用できることに気がついて、それ以来、ウォーキングしながら瞑想などのことをトークするというのを続けています^^

で、それをYouTubeにアップしていると(^o^)

ウォーキングとダンマトークの両方を同時に出来ることへの時間効率は心地よく、これに味をしめてしまうと、戻ることができましぇん(笑)

で、ブログの更新も滞りがちにも。
 

ブログは、記事を書くのに、30分以上かかりますからね。場合によっては1時間を超えることもあります。

んが、数年前のグーグルアップデートの影響で、私のこのブログのアクセスも激減。

場末のスナックのような状態になっています(^o^)
 

で、やはりアクセスが激減してしますと、モチベーションも下がるんですよね。

30分以上、シコシコと費やしてタイピングしても、ほとんど読まれない。

が、動画のほうは、おお気楽に歩いて、話しをして、ポンとアップするだけ。

どんだけお気楽なのよ?ってな塩梅で、このお気楽&手軽さに味をしめてしまい、今では動画トークを中心に行っています。

 

とはいっても、またブログ中心に戻るかもしれませんけどね。

やはり、ブログはブログでの良さがありますからね。

なんといっても、こうして文字化することで、考えの精度が上がりますし、まとまります。

で、頭の中もスッキリするんですね。
 

文字化する効用、文章化する効果というのがあって、これはトークでは味わえない快感でもあるんですよね。

で、実際、こうして久しぶりに雑談的な文章をタイピングしていますが、動画トークとは違う心地よさがありますからね。

理想は、時々ブログを付けること。
 

昔は、おしゃべり感覚で文章を作って、投稿すれば、そのキーワードでグーグル1位・2位なんかが取れて、アクセスも結構出てきたんですよね。

気楽に投稿して、アクセスがある。

これってやっぱりモチベーションにはなるんですよね。
 

ところが、先にも書いた通りでして、数年前のグーグルアップデートがあってから、この手のブログのアクセスは軒並み激減。

計画的に記事を作成しませんと、グーグルで1位、2位は取れません。

つまり、記事を書くに当たって、グーグル1位、2位になるように戦略的に記事作成しないといけないってことなんですね。
 

って、趣味のようなブログで、そこまで気合いを入れて、毎回毎回記事は書けましぇーん^^;

やっぱり記事は、お気楽にパチクラとタイピングしてナンボなんですね、私の場合。
 

ちなみに、最近ブログをカスタマイズした際、誤って「メール連絡」プラグインを削除してしまいましてね。

そのため、ブログ更新情報が届かなくなってしまいました。

ブログ更新通知として登録していた方々に、ブログ更新の通知が届かなくなっています。

あしからずー。

 

と、そんなことなんですが、それにしても1月はいいですね。

毎年毎年、この季節を迎えると、ワンダホーな気分になります\(^o^)/

いいですねー
 

と、そんなよさげな季節なんですが、こうして毎年、毎年、新しい年を迎えていますが、5年前、10年前、15年前に比べて、ずっと飛躍を続けているなーと実感しています。

自分の歩んでいる道といいますか、実習、実践は、確かに効果があり、心を浄め、意識を向上させていく、それは自分でも実感していますし、ほかの方々の歩みを見ていても実感します。

実績はありまくり(^o^)
 

これもまたうれしくもあり、よろこびですね。

自分だけでなく、縁のある方々も成長していくのはホント、うれしいもんです。

ありがたいですね。

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