秋野不矩の作品は虚無の構図に神々しさが宿る
浜松市天竜区出身には「秋野不矩美術館」があります。ここには、天竜区出身の秋野不矩(あきのふく)さんの作品が展示されています。
しかし秋野さんの作品は不思議なんですよね。何が不思議か?
- 山や森といった命あふれる風景を描く作品はほとんど無い
- 廃墟、朽ち果てた建物、砂漠、生命の躍動感の無い景色を描く
- にも関わらず、絵画には神々しいエネルギーがある
- 見た目の虚無っぽさとは裏腹に、神の輝きを描く不思議な画家
とゆーわけでして、秋野さんの作品は、インドの乾いた風景や虚無やら死を思い起こさせるモノが多いんですが、見た目の虚無っぽさとは違って、そこに「神の息吹」を感じさせるんですよね。
「虚無に神々しい光が宿る」といってもいいです。不思議なんですね。
東山魁夷さんとは正反対の構造
日本画家といえば東山魁夷さんが有名ですね。
東山魁夷さんの絵画は「深い緑」が特徴。
ストレートに日本の自然の美しさを描いています。
が、どこかアストラル次元っぽいんですよね。
私的にはどんよりしている。
美しいんですが。
しかし秋野不矩さんの絵は、見た目は虚無。
しかしコーザル次元の神々しい光にあふれているんですよね。
ある意味、構造が、東山魁夷さんとは正反対。
絵の具に秘密がある?
そんな秋野さんの絵画の多くは「黄色系」です。黄色系の画材を使っているんですが、どういう絵の具なんでしょうかね?
作品を間近にまじまじと見るんですが、絵画には疎いので、どういう絵の具なのかわかりません。
でもネットで検索すると「岩絵の具」であるとか。
ふーむ。
鉱石のようですね。
で、絵の具の効果なのか、不思議と、神々しい光を発しているんですよね。
絵の題材は虚無や死を彷彿とさせるんですが、色は生命感というよりも、神々しい光を放っている。
不思議な絵なんですよね。
秋野さんは神を感じていた?
秋野さんって、神を信じ、神にあこがれ、神を感じていたんじゃないの?なんて思ったりもします。でないと、ああいう絵は描けないんじゃないのかなあ。
照れくさくかったんでしょうかね?
あるいは虚無や死を扱うことで現代アートっぽい立ち位置を得ていたのですかね?
虚無や死はインドっぽいですしね。
見た目は虚無や死を思わせながら、そこにヒネリを加えて、本心本音の「神への思い」を描いたような気もします。
本当のところはわかりませんが、神々しい光を感じさせる絵を描く不思議な画家なんですよね。
秋野不矩美術館は時々行く
この前も天竜区にある秋野不矩美術館へ行ってきましてね。
秋野不矩さんは、天竜区の出身ですのでね。地元の画家。なので天竜区に「秋野不矩美術館」があるわけですね。
で、ちょうど7/17~9/5は、「ゼロ発祥のインドⅡ」と題して、秋野さんの作品が展示されています。
時々、この美術館に足を運んでいます。
天竜が生んだ不思議な画家、秋野不矩さん。
私的には「さりげなく神の光を描く画家」という認識です。もうちょっと評価されていいんじゃないのかなと思います